ハッピーな療養生活のススメ

病気でも、意外と楽しい療養の日々

村上春樹とビックリマンチョコ

わたしは気に入った本や映画などは、ひたすら何度も読む(観る)という習性があります。以前は読んだ本の詳細をしっかり覚えていたのだけれど、このところはうまい具合に忘れていることが多くなってきました。だから、本棚を見返しては、数年越しの2度読み、3度読みを初読みのように楽しむということが可能。途中で「あ、思い出した」となることはもちろんありますが、前には見えていなかった部分が見えるなど、なかなかに面白い読...
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村上春樹とビックリマンチョコ

村上春樹とビックリマンチョコ

わたしは気に入った本や映画などは、ひたすら何度も読む(観る)という習性があります。以前は読んだ本の詳細をしっかり覚えていたのだけれど、このところはうまい具合に忘れていることが多くなってきました。だから、本棚を見返しては、数年越しの2度読み、3度読みを初読みのように楽しむということが可能。途中で「あ、思い出した」となることはもちろんありますが、前には見えていなかった部分が見えるなど、なかなかに面白い読書体験なのでした。忘れるって、意外な発見があります。



最近、読み返してみようと手に取ったのは、入院中にお見舞いに来た友達からもらった村上春樹さんのエッセイ集『むずかしいアボカド』と『サラダ好きのライオン』。「軽い読み物ならいいかと思って」と言って、持ってきてくれたのでした。

小ぶりなのにハードカバーで持ち歩きに丁度よかったため、入院中は点滴棒をガラガラと引き連れて屋上庭園のベンチまで行き、しばしの開放感を楽しんだものです。

わたしは村上春樹ファンというわけではなく、毎度大々的に広告が流される長編小説を読んだこともありません(と言いつつ、本棚を再度見返したら短編ものが6冊くらいあった)。しかし、その友達がくれる本はなぜかいつもわたしにしっくりくるもので、この2冊も愛読していたのでした。

実は、どういう訳かこれら2冊は2巻と3巻。エッセイなのでどこから読んでもいいのだけれど、面白かったので退院後に1巻を購入しました。タイトルは『村上ラヂオ』。

その村上ラヂオを再読(多分、再々々読くらい)していたら、本の間から、パラリとカードらしきものが落ちてきました。何かと思えば、ビックリマンチョコに同梱されているシールではないですか。一世を風靡して、一時期社会問題ともなったこのシール、わたしは子供のころからまったく興味はなかったけれど、今見てもやっぱり興味はない。

しかも、「悪魔 VS 天使シール」というシリーズらしく、「2−悪 お邪魔王」と書かれているのでした。その風態といえば、王様というより“緑色のゴキブリ”に近い。ついでにこの王様、「見ただけで地獄へ真逆さま!!」なのだそうです。

よりによって、なぜこんなシールを後生大事に本に挟んでいるのだろう。
古本だったから、以前の持ち主が挟んだのか?

でも、わたしという人間を考えてみると、読書中にふと、ビックリマンチョコを食べたくなって購入し、おまけのシールを手元にあった本にしおり代わりに挟む、なんてこともあるかもしれない、などと思ってみたりします。そのへんの記憶も、本の内容とともに忘れ去られているのでした。

数年前にもらったお見舞いの本から、こんなところにつながるとは。

忘れるということは、「自分はどんなことをするヤツか」に思いを巡らせて、まるでよく知る他人のように行動を分析する機会でもあるのかもしれません。ブログにも度々、「書いたことを忘れた」と言って日記の内容を書くことがありますが、それもいい自分分析の要素になります。知らない自分って、以外と多いものなのだなあと思うのでした。

これからもいろいろ忘れて、「なにこれ!」という発見ができたらと思います。

わりとどうでもいい話でした。



「がんノート」に、インタビュー要約記事がアップされました!

「ざっくり、こんなお話をしました!」という記事が、がんノートのオフィシャルサイトにアップされました。本当にざっくりなので、詳しく見たいかもという方は、ぜひ動画もご覧ください。(どちらもサイトから見られます)

「がんノート」オフィシャルサイト http://gannote.com/interview/kiguchimari

順天堂大学練馬病院写真展フォト
昨年12月の「順天堂大学練馬病院写真展vol.7」のためにキグチ母が製作したお花に、「なにこれ!」と近付く犬
[写真展準備フォト (c)nokotan]

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「それでも、生きていてほしい」

「それでも、生きていてほしい」

体験を語る場で何を話そうかと考えたとき、心は記憶の中を駆け巡ります。記憶というのは不思議なもので、表面に見えるのがちょこんとした芽であっても、それをつかみさえすれば芋のようにズルズルと「ああ、そういえばこんなこともあったな」という思い出がよみがえってきます。

そのひとつが今回のお話。先日の「がんノート」で話すことを考えているうちに鮮明に現れてきました。



がんノートのカテゴリーのひとつ「精神的に辛かったこと」で、わたしは「子宮だけではなく、卵巣も取ります」と言われた時がそれに当たるだろうと思いました。一連の治療中の思い出で特に色濃く心に残っているのは、辛いことではなく、ほとんどがいい場面ばかりなのだけれど、まさにその渦中にいる間は非常に苦しい思いをしていたこともありました。

「がんといっても初期だろう」という、半ば楽観的なところから始まったわたしのがん治療。そこから「そんなに初期じゃなかった」に発展し、想像すらしていなかった「子宮・卵巣・卵管・リンパ節等々もすべて取ります」へと続いていったのでした。

その時の気持ちは、告知というよりも“宣告”。
「女ですらなくなってしまう」という気がして、体がずっしりと重くなるのを感じました。

(ところで、緊急手術後に「人工肛門にしました」と言われた時も体がベッドに沈み込んでいくのを感じました。実際には途端に体重が増えるはずもなく、誰かに押さえつけられているのでもないのに、そのズーッとした重みというのはどこから生まれてくるのだろう)

診察の日は、いろいろとスケジュールが詰まっていました。キャンセルもできたのだけど、とにかく動き回っていたいと思いました。じっと立ち止まると体にのしかかった重石がスライム状に変形し、じわじわと体を覆ってしまうような気がしたのです。そんな心の状態に耐えられるとは思えず、家には帰らずに何件かの用事を済ませ、夕方はそのまま、月に2度のギター教室に向かいました。

レッスンが終わると、もう夜中。
梅雨にはまだ満たないほどの6月の夜でした。バスで家路を急ぐよりも、家まで数キロの道のりを歩いて帰りたい気分。その道々、心に居座り続けるダークな気持ちを、とにかく誰かに話そうと携帯を取り出しました。

そういった気分の時、話す相手を選択するのはとても大事。その時の自分が求める気持ちに合う人を、心の中で探していきます。そこで私が選んだのは、ある男友達でした。

その人は古くからの友人で、お互いに深く理解し合っている「心の友」的な人です(ちなみに恋人ではない)。この人ならば、変に慌てたり、傷つけるようなことも言わず、ただじっと聞いてくれるだろうなと思ったのでした。

「今日、結果を聞いてきた」ということから、予想外にがんが広がっていて、もう一度手術をするという話、「だけど、女でなくなってしまう気がして……」という胸の内を語っていきました。

苦しい時に誰かに話をするのは、相手から何か答えをもらうというよりも、どちらかといえば、散らかった心の中身を片付けていくお手伝いをしてもらうためなのだろうと思います。その時のわたしもそんな心境で、どんな会話となっていくか、特に考えてもいませんでした。しかし、その人が「うんうん」と聞いてくれていた次に発した言葉は、すべてを包むようなものだったのです。

その言葉とは、
「それでも、生きていてほしい」。

「子宮や卵巣をなくすことがどれほどのものか、男の自分には分からないけれど、それでも、あなたには生きていてほしい」……具体的な言い回しはもう少しカジュアルだったような気がするのだけど、そんなようなことを言ってくれたのでした。

実を言うと、それを聞いた時は「そっか……」くらいの返事しかできませんでした。しかし、その言葉から「わたしにどんな変化があるとしても、同じわたしとして見てくれる人がいる」「わたしが生きていることを望んでくれる人がいる」というものを、ほのかに感じ取ることができたのです。



映画などで、2人の登場人物が激しく言い合いをしている時、1人のとっさの一言で、もう1人はそれ以上何も言えなくなるという場面があります。

A:「君はここにいるんだ!」
B:「どうして戦わせてくれないの !?」
A:「君が傷付くことに俺が耐えられないんだ!頼むからここにいてくれ!」
B:「……」

少々クサイですが、こんなシーンです。究極の状況下での、自分のことを思う相手の“素の心“というのは、すごく柔らかくて効果的な平手パンチみたいなものだと思います。そのパンチをくらった時に見えるのは、自分がいつも見ている自分ではなく、相手の心を通した自分の姿なのでしょう。自分のための自分ではなく、人の支えとなる自分です。

そんな時、人は、自分はひとりではないのだと、心の深くで知るのでしょう。
そして自分の命は自分のものである以上に、自分を思う人のものでもあると知るのでした。

「それでも、生きていてほしい」という言葉が登場する時というのは、だいたいにおいて相当な苦痛のある状況で、そんな場面に遭遇しないほうが幸せなのかもしれません。しかしわたしは、たとえそれだけの苦痛があったとしても、この言葉を聞けたこと、そして、この言葉を言ってくれる人がいることをうれしく思います。



がんノート、まだ見れます!

がんノートの再放送は今のところ300人以上の方が見てくださっているようです。とってもうれしいです。どのくらいうれしいのかというと、今年の残り11ヶ月のやる気が満タンになるくらいです。見てくれた方、がんノートスタッフさん、本当にありがとうございます。

実はこの再放送、まだ見れます。どうやら再放送後からそのままアーカイブに残っているようです。見逃した方、もう一度見たいという素敵な方も、以下のURLよりぜひ。
「FRESH! by AbemaTV」https://freshlive.tv/gannote/80913にて

山吹の葉
太陽に照らされて、ほのかに光る山吹の葉 もしかしたらこれは、太陽の心を通して見る山吹色なのかもしれません(山吹色は山吹の花の色とされているけれど、この葉の色の方がわたしにはしっくりくるなと思うので、とりあえず)
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

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「がんノート」に出演してきました!

「がんノート」に出演してきました!

がんノート3

インタビュー型オンライン生放送「がんノート」に、1月22日(日)、出演させていただきました!ご来場くださった方、オンラインで見てくださった方、スタッフのみなさん、本当にありがとうございました!

見逃した方、後日再放送されるそうなので、ぜひご覧ください。
再放送:2月1日(水)21:00〜 「FRESH! by AbemaTV」https://freshlive.tv/gannoteにて

●会場は元学校!

この日のがんノートは、大田区産業連携施設で行われました。実はここ、小学校を改装したものだそうです。長く続く廊下や、えらく低い位置の水道(もちろん蛇口は上に向く)、昭和チックな放送室等々、幼いころを彷彿とさせる場所でありました。

がんノート1

そして会場は「図工室」!!
広々してたくさん座れて、何かと使いやすいのでしょうか。先日の沖縄の講演会場も図工室だったなあと思い出してみたりして。今回は「療養中フォトギャラリー by iPhone」の写真パネルを展示させていただいたので、図工室特有のつくりは何かと便利でありました。

がんノート2

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●がんノート本番!

がんノートのインタビューは、「発覚・告知」から始まり「治療」「家族」「恋愛」「仕事」「辛さをどう克服したか」「医療従事者へのメッセージ」「夢」等々のカテゴリーへとつながっていきます。

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[©がんノート]

わたしの場合では、不正出血から“見えずに広がるがん”が見つかり、1年で4度の手術、抗がん剤治療、絞扼性(こうやくせい)イレウス、人工肛門という流れの中で、どんな心の動きや人との関わりがあったのかをお話しました。さらに今回は、ブログでも書いたことのない「ここだけの話」もいろいろとさせていただきました。笑いもたくさん起こって、わたしとしてもとても楽しい時間でした。

それでも、あれも話すんだった!と思うストーリーは多数。このへんはまたネタ帳に追加しておこうと思います。

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[©たくりん]

最後の「現在闘病中の方へのメッセージ」は、散々悩んだ挙句にこの言葉を選びました。

「どんな経験も必ず何かにつながっていく」

わたしの治療歴を客観的に見ると、なんか運の悪いやつだなと、自分で思います。しかし、経験には必ず学びが付随しているもので、そこで初めて知る「人の心」や、「自分の知らない自分」が見える機会になりました。
さらに、治療中は楽しいことも多々ありました。それは何と言っても、お医者さんや看護師さんを含む、周りにいてくれた人たちのおかげです。人間のよさを、再び感じることができたと思っています。

また、例えばわたしの場合では、子供を産めない代わりに不幸な境遇の子供を引き取って、その子を幸せにしてあげられるかもしれません。もしかしたらわたしの経験を知った誰かが自分の体のことを考える機会になるかもしれません。

どんな経験であれ、経験は自分を成長させることにつなげることができます。さらには自分だけに留まらずに、誰かを救う可能性をおおいに秘めているものです。色紙には、そんな気持ちを込めて書きました。


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[©がんノート]

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ついでにキグチ力作の「赤い人」も登場

わたしにとってがんの経験は、この上なく有意義だったと言えます。今後、もしかしたら再発やら何やらあるかもしれず、がん以外でも何かの困難に遭遇するかもしれません。しかしそれらはいずれも、自分の人間の質を上げるためのものにできるだろうと感じています。(その時になったら、また違う感情が湧くのかもしれませんが)
そしてわたしも、誰かの“周りにいてくれた人”となれるよう、力を尽くしていきたいと思います。

●ワーク「入院中・治療中に楽しく過ごす方法」

がんノートの後に行われたペイシェントサロンでは、「入院中・治療中に楽しく過ごす方法」をグループごとに話し合いました。それぞれに考えたことを付箋に書き、大きな紙に貼っていきます。

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ワークも盛り上がりました [©がんノート]

わたしのいたグループからは「看護師さんの裏話を聞く」「ダンスの振り付けを考える」「かわいいパジャマを買う」「Facebookで治療の実況中継をする」などなど、さまざまなアイデアが登場しました。自分ひとりでは思いつかないものなども多数あり、誰かと一緒に語り合うことは新しい発見があるものなのだなと、仲間がいることの意味を思ったりもしました。

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発表![©がんノート]

●がんノートスタッフさんを見て思うこと

がんノートは、代表の岸田徹さんのアイデアから始まったものです。そこから協力者が増えていき、現在は組織としての形ができています。

どんな活動でも、ボランティアの中心メンバーとして協力したいと申し出るには、その理念に共感するだけでなく、自分の時間と体力(とお金)を費やしてでもやりたいという気持ちが不可欠です。がんノートのスタッフさんからは、それぞれに「活動を広げていきたい」という強い気持ちを感じました。

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開始前の打合せ風景[©がんノート]

わたしも病院内写真展などを主催していて思うことですが、積極的に協力したいと言ってくれる人がいることはかなりうれしいし、相当に大きな力となります。その気持ちを持った人がこれだけたくさん集まっているのは本当に素晴らしいと思いました。

そんな、いろんな面で勉強になり、楽しくもありで満足感たっぷりながんノートでした。

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画面に映るとこんな感じ![by Tさん]

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色紙にみなさんからのメッセージもいただきました!これはとてもうれしい[©がんノート]

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[©がんノート]

再放送は、2月1日(水)21:00〜 「FRESH! by AbemaTV」https://freshlive.tv/gannoteにて!! わたしも勇気を出して見てみようと思います。

(表記のない写真は[がんノート出演フォトギャラリー by iPhone ©木口マリ])

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明日「がんノート」に出演します

明日「がんノート」に出演します

先日告知した、インタビュー型オンライン生放送「がんノート」が、明日(1月22日)にせまりました。
公開生放送ですので、「あ、時間ある!」という方は、下記フェイスブックページの《参加する》をポチッと押してください。もしくは、事務局にメールをお送りください。会場に来るのが難しい方は、オンライン生放送をご覧いただけます。(会場等、詳細は「フェイスブックページ」、もしくは先日のブログ「がんノートにゲスト出演します」にて)

《会場での観覧申し込み》
●フェイスブックページで申し込む: https://www.facebook.com/events/239384759828924/
●メールで申し込む: info@gannote.com
{件名:1月22日がんノート参加、本文:お名前・お立場(医療従事者やがん患者など)をご記載ください}

《オンライン放送を視聴する》
●ニコ生放送URL http://ch.nicovideo.jp/gannote
●FRESH! by AbemaTV https://freshlive.tv/gannote

キグチの「療養中フォトギャラリー by iPhone」も展示していただけることになりました。会場だけの特典♪

14:00スタートです。お待ちしてます!

がんノート 打合せ
打合せは、国立がん研究センター中央病院のレストランにて!築地と海が臨めて、超いい眺め
[打合せフォト byがんノート]

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繊細なこども

繊細なこども

わたしは、フィーリング重視な人間です。ブログを書くときも、突然「あ」と閃いて書くことが多いのですが、「何か書きたいけど何を書こう」というときは、無数にある「ネタ・リスト」や「思うことメモ」の中から選んで広げていきます。それでもその時のフィーリングにマッチするものを見つけられないこともしばしば。今日もそんな、ブログテーマ難民な日でした。

おまけにこのところは非常に疲れやすくて、そうすると集中できる時間がたいへん短くなってしまいます。1つになってもがんばっている卵巣が少々お疲れ気味で、ホルモンバランスがおかしいのかなと想像。体と精神は一心同体だなあと、当たり前のことを思ったりします。

ともあれ、今日のテーマは「繊細なこども」。これは、日記に書いていたものでした。治療中は、毎日のように近くの公園の桜の木の下で過ごしていました。今でもそこで朝ごはんを食べたりするのですが、ある日に思った子どもへの接し方についてです。



「繊細なこども」

今日、公園で保育園の園児が桜の木で遊んでいるのを見た。この公園は格好の遊び場のため、よく保育士が子どもたちを連れてやってくる。そのうちの数人が桜の木の枝にぶら下がり、ゆらゆらと上下に揺らしていた。

正直、子どもが木から落ちてどうなろうと知ったことではない(地上10cmくらいの落下だし)。しかし桜の木が不憫なので、「ぶら下がったらダメだよ、折れちゃうよ」と子どもたちに言った。

すると、ぶら下がりを始めたころから私のことを気にしていた1人の男の子がこちらを振り向いた。私は笑顔を見せるわけにもいかず、多分、ちょっと怖い顔をしていたと思う。その子は私と目が合って、少し萎縮しているように見えた。他の子どもたちは、私の言葉をたいして聞いたふうでもなかったが、とにかくぶら下がることをやめた。

その時、私は本当はどうすべきだったのかと考えてしまった。

この状況で、一番ババを引いたのは、振り向いた男の子だったと思う。周囲を気にする繊細さがあるために私と目を合わせることになり、「叱られた」ということを一手に引き受ける形になってしまった。私もこちらを見ている子を、つい見てしまう。

私は、子どもが苦手だ。まわりに子どもがいたことがほとんど無かったためか、どう扱っていいのかが分からない。しかし、私が子どものころに、大人が私をどう扱ったかはよく覚えている。非常に不快な思い出が多い。

私もその男の子と同様に繊細で、周囲を気にする子どもだった。だから大人ともよく目が合った。私だけが大人に叱られたような気になり、「私がいけないんだ」と思うようになった。そういった積み重ねで、常に人の顔色をうかがうようになっていったのだと思う。そしてどんなことも、「私がいけない」と思ってしまうようになった。(そういう人間だからこその気付きもあるものの、それはまた別の話だ)

しかし、実際、子どもは悪事を働こうとしていたのではなく、それがやってはいけないことだと知らなかっただけだ。それを知ることに、恐怖があるべきではない。(時に、恐怖から“身を以て知る”ということもあるけれど、知ることと、恐怖から生じる心のトラウマと、どちらがいいのかはその子ども次第だ)

この「桜ぶら下がり事件」の場合、おそらく私がすべきだったのは、目が合った男の子に「みんなに『ダメだよ』って教えてあげて」と言うことだったのではないかと思う。そうすることで男の子は、自分だけが叱られたのではないと感じると同時に、自分が「これはよくない」と知ったことを他の子に指導してあげるという立場になれると思う。

子どもは苦手だけど、そういった関わりも人と人の出来事なのだろう。

また、「保育士が何とかしろよ」と思ったものの、必ずしも彼らに頼るのではなく、誰もが子どもを注意して教えていくべきなんだろうと思う。

そのあたり、もう少しナイスな考えがさっき浮かんだのだが、忘れてしまった。



私は“ナイスな考え”をよく忘れてしまいます。そして大半は戻ってきません。そのため、日記のラストがこんな一文になっていました。それもまた、わたしかな、などと思うのでした。

何となくこの男の子を子どものころの自分とリンクさせてしまっていたのですが、今思えば、この子は私ほどにはデリケートな子ではなく、桜の木からお花畑へ駈けって行ったところで叱られたことなどヒューっと消えてしまっていたかもしれません。
ともかく、心にチクリと触れた一瞬の出来事からいろいろ思いを広げていくのは面白いです。日記にはそんな話ばかりが書かれているのでした。

桜の木
ともかく、桜が折られなくてよかった
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

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プロフィール

木口マリ

Author:木口マリ
フリーフォトグラファー&ライター
2013年、38才で子宮頸がんが発覚。2度の手術と6度の抗がん剤治療を受け、これで終わりと思いきや、合併症で腸閉塞(絞扼性イレウス)を発症。緊急手術のすえ、目覚めてみるとおなかにストーマ(人工肛門)が!(2014.5クローズ成功)

そんな新体験は波瀾万丈な航海のようなもの。キビシイ状況の波を陽気な船乗りのように渡っていきたいと思うのです。
人生の船旅、結構楽しくやってます。

*

治療中の体力低下で、大きなカメラを持つことがままならなくなってしまったため、iPhoneでのみ撮影をしていました。
「療養中フォトギャラリーby iPhone」として掲載しています。
時々、「療養中へなちょこイラスト」も載せています。

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