腸閉塞は突然に<其の五> 沈む心と手の温度

腸閉塞は突然に<其の五> 沈む心と手の温度

(「腸閉塞は突然に<其の四> 発表!人工肛門です」の続き)

衝撃の人工肛門造設発表……。

続く医師の話を耳にしながらも、わたしの目は見る見る曇っていき、柔らかいベッドの奥深くに体が沈み込んでいくのを感じるのでした。まるで、力を失ったその身が砂に埋もれていくよう。抵抗をすることもなく、考えることもなく、ただ、意識だけが消えぬまま。

……いや、本当は自分でも分かっていたのです。
看護師さんがわたしのおなかを見る時にカサカサ、パチパチ、腹帯でもガーゼでもない音をさせていることを。そこに、何か以前とは違うものがあることを。

それを、無意識のうちに心のどこかに追いやっていたのでした。

先生の説明がひととおり済むと、鼻に入った管のために言葉を発するのがやっとという有様のなか、蚊の鳴くような声で「ありがとうございました」と告げました。

そして先生は去り、広い病室にはまた、横たわる意外に何も成すすべのない、弱々しい自分がひとりきり。それでも何かを考えるでも、この先どうしようと思うでもなく、じっと、どことも分からない遠い空間を眺めているだけ。

とても、静かでした。

ICUらしい機械的な物音や、看護師さんの足音が止まることはなかったはずなのに、わたしが存在するベッドだけは別の世界のよう。

それからしばらくの間、すべてが面倒くさく感じるようになりました。優しく笑いかけてくれる看護師さんにもほっといてくれと思うばかり。
言うなれば、かたくなにぎゅっと閉じたまま開く努力をしようとさえしない、つぼみのようだったかもしれません。

そのうち、どうやら人々が活動し始める時間になったようでした。昼も夜もないICUで、しかも個室にいるわたしには時間の変化がはっきりと分かりません。おそらくはどちらかと言えばまだ「早朝」と呼べる時間だったと思います。

そこで、ふいに懐かしい声を聞いたのでした。

あ!と思えば、婦人科の主治医オー先生。
手下の女医さんを連れて、やってきてくれた。
場所がらか、しっかりとマスクを付けてはいるものの、いつもの「ほのかにスマイル」の目はそのまま。

このときほど、肩の力が抜けたことはありません。
今回は総合外科での入院。お馴染みの病院で、ジャニーズ先生もICUの看護師さんも優しくしてくれるものの、やはり初めて見る人たちばかり。そんな気はなくても、どこか緊張していたのだと思います。

それが、オー先生の姿を見たとたん、プシュウと音がするくらいの緩み具合でした。
何のヒネリもなく表現すると、めちゃくちゃホッとしたのです。

「術前のCTやレントゲンを見ても、手術に踏み切る判断ができるようなものは見つからなかったんだよね。だから、外科の先生が本当によくおなかを開ける判断をしてくれたなあと思って。本当によかった」

その言葉に、これまた心が温かくなりました。続いて、

「この前の診察で、よいお年を、なんて言ってたのにね、また会っちゃったね。でも本当によかったです」

そう言うと、なぜか右手を差し出してきたのでした。
ほとんど身動きの取れない状態ながら、なんとかわたしも右手を出し、そして握手。

手に、ふわりとした人の体温と、力強さを感じました。
突然の握手に一瞬驚きはしたものの、信頼する人の温度を感じるのは、いいものです。病院のベッドという固い響きのする空間から、人間界へ戻ってきたようでした。

治療も、人間らしくいることも、どちらもそのときのわたしには必要なもの。それでも、どちらかというと気持ちは人寄りになれた気がしたのです。

まだまだ、自分の状況を受け入れられたわけではありませんでしたが、ここでまた、人としての新しい広がりを得る希望をかすかに感じるのでした。

わたしの「人生」という名の旅は、まだ続いていくのです。

(「腸閉塞は突然に<其の六> 腸とタコ糸の関係」に続く)

ファンキーなケア帽子とわたし
一般病棟に移された直後 虚ろな目と対照的にファンキーなケア帽子
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]
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~ Comment ~

NoTitle

普段の私たちは自分の体の中の内蔵がどんな働きをしているか考えないで食べたり運動しているんですが、みんな体の中でがんばったり苦しんでいるんですね。
マリさんの小腸、体の中で人知れず苦しんでいたんですね。
でもなんとか悪い部分を取り出すことで残りの部分を助けることができて良かったです。
病気をするといままで自分が無意識でいたことにいっぱい気づかされます。逆に今までこだわっていたことがどうでも良くなってなってきたり。そういう心の変化は決して悪いことでないと思っています。マリさんがストーマーとどうやって仲良くなれたのかとても興味があります。続きを期待しています。

>ルッコラ さん

病気になったことで、私もルッコラさんと同じように思うようになりました。
すごくすごく大事なことなのに、ここまで無意識でいたなんて、そしてそれが普通であることが、今では逆に不思議なくらいです。
病気というと悪いイメージばかりがありますが、単に人生の一部なのだと思います。病気になっていなかったら……と考えると、それはそれで大切なことを得ることができなかったと思います。もし、病気をする前に戻れるけどどうする?と言われたら戻らないでしょうね〜。

ストーマと仲良しになった時のことをうまく書けるといいのですが。今のところかなり抽象的なもので。
じっくり考えて書きたいと思います(^^)/
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