通院日、感情の波をいく<其の一>

通院日、感情の波をいく<其の一>

先日の病院通いの日。
それはもう、上へ下への大騒ぎ(精神的に)でした。

といっても、わたしの病状がどうこういうものではなく、いろいろな感情の動きの多い日だったのです。

始まりは、まず上から。

実をいうと、わたしは通院が大好きです。
音符マークを漂わせながら病院へ向かいます。
なぜなら、すてきな人々に会えるから。

この日は婦人科の主治医、オー先生に会えるのでした。時間が合えば病棟にも寄って、一年の間お世話になった看護師さんたちにも会いに行けるな、と思っていました。ルンルンです。

オー先生とお会いしても話す内容はいわゆる診察です。それでも、人の良さは感じられるもの。オー先生の人間性について、ブログでたびたび触れていることからも分かるように、わたしは大変な信頼を置いています。医師としての能力はもちろん重要ですが、それ以上に人としてとっても興味のある人物なのです。また言ってる、と思われても書かずにはいられない。
わたしにとって診察は、オー先生のそのタダモノじゃない精神と、なぜだか醸し出される穏やかな雰囲気に浸りに行くようなもの。

しかし、診察までだいぶ時間があったので、一度院外へ出ることにしました。
本を探しに近所のブックオフまで。そこでたまたま見つけた本に、るんるん気分からズーーーーンと落ち込むことになるとは、このときはまだ、予想だにしない。

タイトルは忘れてしまったけれど、ある作家さんの自分史のようなもので、オビに書かれた「闘病」という文字に反応して手に取ったのでした。

最初の数ページに書かれていたのは、ご自身の闘病ではなく、身近などなたかの最終期に付き添っていたときの話。
病院のベッドに横になっているだけでもだんだんと悪化していく、その患者さんの苦しむ姿を詳細に、そして丹念に記しているのでした。夜のわずかな光に浮かび上がる青白い病室が目の前に広がり、静けさの中に響く点滴の音や、たえだえな呼吸さえ聞こえてくるよう。

なんて、なんておそろしい場面。
病院に勤めていたころに多くの人の死にも遭遇し、そういう最期があることを知らない訳ではありませんでしたが、心のどこか遠くにしまっていたらしい。それか、そのころよりも今は死を身近に感じているから、より鮮明に映ったのかもしれません。

実際、その患者さんに苦しいと分かる意識があったのかどうか分かりません。しかし、それが身に起こっている人がいる。
そこからどんどん思考が広がっていきました。

そういう人はほかにも大勢いるはず。例えば痛みであれば強い痛み止めなどがあるけれど、それ以外の苦痛を和らげる方法は現代医療にはあるのだろうか。そういう状態にまでなっている人たちにも気持ちが救われるものや救いになるような考え方はあるのだろうか。

それをずっと見ていたこの作家さんもどんなに辛い気持ちだったろうか。それは心に傷を付けるだろうし、トラウマになって抜け出せないこともあるに違いない。それをわたしは経験していないけれど、患者とは違う辛さの中に置かれた、患者の周りにいる人々の気持ちを和らげることはできるだろうか。

これまで心の癒しについていろいろ書いてはきたけれど、それは死の床にある人に通用するものなのだろうか。

療養生活に入ってから闘病記を何冊か読みました。それがとてつもない難病など、わたしよりも大変な思いをしている人であればあるほど、自分の理解の足りなさにいちいちショックを受けていました。しかし今回はそれらよりも強烈だったと思います。

人の気持ちの理解が十分でないことや自分の非力さを改めて実感しました。

大きな出来事に遭遇すると、それまで一度も感じたことのない感情が湧くことがあります。わたしも、人間にはこんな感情もあったのかと気付くことがありました。
全ての困難を経験することはできないし、したくもないけれど、もっと、わたしの経験していない苦難に耐えている人の感情を理解したい。もしかしたら中には死の瀬戸際にあっても辛い気持ちを何らかの考え方の転換でプラスに持っていっている人もいるかもしれません。それも含めて理解していきたいと思いました。

そんなことが頭をグルグル巡っていたもので、おそらくたいへんに険しい表情になっていたと思います。
病院へ戻る道すがら、「ハッ!これから診察なのに!」と思い出し、顔の筋肉をほぐしてみたり、ニヤリとしてみたり、とってもヘンな人。

なんとか顔を元にもどし、和みの診察室へ。
うーん、やっぱりオー先生はいいですね。落ち着きます。

そのうち、リンパ浮腫の話になり、ある看護師さんを紹介していただいたのですが……。

そこから気分はドカンと急上昇。

その話はまた次回!

オー先生に似ている
気持ちが上下して落ち着かないときは、木を見るとほっとします。あ、オー先生は木に似てるんだ
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]
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~ Comment ~

NoTitle

こんばんは=
木のような先生なんてステキですね~^^免疫上がりそうじゃないですか!私も今の主治医の先生、癒し系なんで通院すきなんです><でも先日、リンパ浮腫の話題振ったら「いいところ教えてよ~。」と逆に聞かれて、ちょっと面食らいました。

>pusu さん

そうなんです。ココロのオアシスなんです(^▽^)
pusuさんの先生もいい方でよかった♡そういう先生、いっぱい増えてもらいたいです。
やっぱり、人ですよね。それで楽しければ、絶対免疫上がりますもん!まさにこれも治療。
逆に病院行くのイヤでストレス、なんて言ったら、それは毒を与えているようなものかも〜。

教えて〜なんて、頼られてるじゃないですか〜。それはそれでうれしいかも。

読んだ本や観た映像に自分を重ね合わせたり想像する事ありますね
今はやはり病気関係のものにイチコロに心が持っていかれます
複雑になる時もスルーできる時もあるけど、自分の事じゃないから当てはめられん、て無理矢理ケリつけて終わらせる(^_^;)
どうしようもなく持っていかれた時は心で凹んで顔で笑ってる
( ̄▽ ̄;)

  • #215 ちっくたっくぼんぼん 
  • URL 
  • 2014.08/11 13:59 
  •  ▲EntryTop 

>ちっくたっくぼんぼん さん

本屋さんでも、ネットでも、ふら〜っと目を泳がせているだけなのに、「がん」とか「闘病」とか、「人工肛門」という言葉にガツッと食いつくときがあります。自分の脳の中で、検索キーワード上位になっているんだろうな〜。
本の内容もそんなかんじで、はっきりした言葉ではないけど心の中に漂っている感情やら敏感に感じやすい何かがあって、つい、見える文字がそれらに反応して、ついでに結合してしまのかなと思います。

その本を読んだ時は、精神の危機に陥る気配があったので、ぱたんと閉じて立ち去りました。
持ってかれて凹んだ時は、どうしてます?

凹んだ時は人知れず凹んだまま過ごしてますね
そのうち、面白い本だったりテレビだったり或いは人に会ったり出掛けたり
そうしているうちに紛れていく感じかな
自分自身にうまくハッパかけられないしね
あとはやっぱり人は人、私じゃない、同じじゃない、と思うようにしてます
  • #217 ちっくたっくぼんぼん 
  • URL 
  • 2014.08/12 14:42 
  •  ▲EntryTop 

>ちっくたっくぼんぼん さん

早速の返答、ありがとうございます〜(^^)

最近指の関節が痛くて、抗がん剤の影響ですか?と聞いたら、何ともいえない、との回答でした。
結局ほとんど起こらないであろうことが起こるかもしれないし、逆にみんなに起こっていることが起こらないこともあるんだなと思いました。

一歩ひいて客観的に見ることは意識的にやらないとですね。
入れ込み注意だわ〜。

NoTitle

すてきな先生との信頼関係、羨ましいな♡

無意識なのに、私は一時期、無性に「がん」という言葉ばかりが目に飛び込みました。
こんなに周りにこの言葉が散らばっているものなのか?というくらい。

指の関節痛は「卵巣欠落症状」の一つだと思われます・・・更年期症状的な。
けっこう、みなさんなっていましたよ。
抗がん剤していない方たちもなったって言っていました。
かくいう私も、術後4ヶ月ころから寝起きが特にカックンカックンでしたし、手から
始まり、徐々に他の関節も痛くなりました・・・


>ゆるり さん

そうなんですよね、そんなに気にしているつもりはないのに、なぜかそこだけ大きく見えるというか、よく聞こえるというか。人間のフシギ機能ですね(-▽-)

なるほど〜。指カックン症状が出る場合もあるんですね。
私の場合、親指をポキポキ鳴らす癖があるので、そのせいかな〜とも思ったりして。だとしたら、単に年で軟骨減ってきているのか…?なんて。でも一応先生に聞いてみたわけです(^^)/
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