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病気は、森を歩くことに似ている

病気は、森を歩くことに似ている

病気になることは、森を歩くことと似ています。

それまで歩道を歩いていて遠くから眺めていた森に、足を踏み入れるようなもの。
話には聞いていた、恐ろしい森です。
奥は薄暗く、何があるのか分かりません。

そんな中、ひとり、歩を進めていきます。

倒木がたくさんあり、草が茂る中を進んでいくしかない。
やっとひとつ乗り越えたと思ったら今度は大きな岩があったり、川に行く手をさえぎられたり。
激しい雨が降ってくるかもしれません。

そんな森を進んでいくことに、疲れ果ててしまうこともあるでしょう。

それでも、森に入ってみなければ見えない、美しい景色を見ることもできるものです。
聞いたことのない風の音を聞き、木々の間から差し込む光を見、生命の偉大さを肌で感じるかもしれません。
歩道を歩いていては出会うはずのなかった人に出会うかもしれない。

そしてしばらくすると、同じように森へ入ってきた人の手をひいてあげたり、森を迂回する方法を教えてあげることもできるかもしれません。

森に入ったばかりのときは、足元しか見えないこともあるでしょう。
でも、どんな森にも必ず圧倒的な景色はあるものです。

病気になると、いろいろなことに消極的になる場合があります。
なぜ、病気になったからといって、何かが制限されたと思わなければならないのでしょうか。
たしかに、今までできたことができなくなることも、治療に時間を割かなければならないこともあります。でもそれは歩んでいく方向が変わっただけだと思うのです。

例えば、病気になったことがなくても、子供がいる人には子供がいる人なりの、一人で生きる人にはその人なりの、仕事を中心に生きる人には仕事人なりの道があり、苦労も喜びも、失うものも得るものも、それぞれに違うわけです。そして病気になったらなったなりの、新しい道があるものです。そしてそこには苦労だけでなく、輝きもあるのです。

ただし、ほかの人生の選択とは違い、病気は自分の意思でなるものではありません。無理に険しい道へ方向を変えさせられたといえばその通りで、辛く悔しい思いをすることもあると思います。
しかし逆に、その道へは自然に導かれたともいえます。そこには自ら選択できる道には無い「価値」が埋まっています。少し目をこらしさえすれば、険しい道中に数え切れないほど見つけることができるのです。

こんなに失くしてしまった、と思うのか、こんなに失くしたけどまだこれがある、と思うのか、
苦労を背負わされたと思うのか、背負った苦労から新しい道を進もうと思うのか、

失ったものを数えるのではなく、今この手に持っているもの、そして失ったものがあるからこそ得ていけるものを数えていくと、それは果てしなくあるものです。

「生きていればいいことがある」のではなく、「いいことは、探せばいくらでも見つけることができる」のです。

冬の木
どんなに折られても、木は光のある方へ新しい枝を伸ばし続けます
木にできるのなら、きっと人にもできるはず
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]
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~ Comment ~

NoTitle

私は森から出たいんだな、きっと。なんで森にいるのか、事故にあったような気でいるのかもしれませぬ。ふらふら迷い込んだというより、飛行機ごと落ちたみたいな。そして、出会った賢いサル(主治医www)に導かれて、境界線あたりに居ります。ちょと木に登って周りを眺めてみるのもいいかなあ!道がつながっているんだってことも分かるし!

>pusu さん

飛行機で墜落、そんな感じですね!イメージバッチリです(^^)
賢いサル、いてよかった〜〜(笑)
結構お助けマン(or動物)、いますよね。
私も自分で岩登ったり川渡ったりはしましたが、おかげで迷いはしませんでした。

木に登ると、きっとぶっとーい道が見えますよ〜(^▽^)/

NoTitle

森の例えはとってもしっくりきますね。さすがマリさん♪

私はまだ森の中で、いくつかの光が見えていくつかの出口があるけど
どっちから出ようか?という場所にいるような気がします。
優柔不断?欲張り?

ひとの体は「残存機能を生かすように」リハビリしたりしますが
ひとの生き方もそういうものなのだなと思います。(^-^)

>ゆるり さん

ありがとうございます〜!

出口がいくつかある場合は、出たあとに別の出口からでたらもっとよかったのかなと思うのが怖いかもしれないですね。もしどちらもいい出口ならば、欲張りかも!なんちゃって(>▽<)/

残存機能の活用、そうですね〜。
残った体の機能を活用してその機能がそれまでよりも断然パワーアップすることがあるように、生き方もパワーアップする可能性大ですね〜(^^)

NoTitle

こんにちは!最近一人山登りをしてきて未だに筋肉痛が治らないルッコラです。ホント山を歩いているといろいろなことを考えます。木の形がそれぞれ違うのは生まれつきもありますが、生えた場所によってそれぞれに与えられた運命がちがうからなんでしょうね。植物は日当たりとか地形とかの条件を自分で選ぶことができない。悪い条件でもそれなりにがんばって適応していこうとしている植物をみていると偉いなあと心から尊敬してしまいます。さらに最近は鹿による食害もひどいらしくて。山を一人で歩いていると怖くなると同時に、怖がらなくても一人で冷静に行動すればなんとかなるはずと自分を励ますエネルギーも湧いてきます。マリさんもきっと自分を励ますエネルギーが強いんだなあと思います。お互いにこれからも森の植物たちを見習って元気にたくましく生きていきましょう!

>ルッコラ さん

山登りをされるんですね!わたしも体力が戻り次第、始めたいと思っています(^^)
なんと言っても、自然は偉大ですよね。生命への畏敬を感じます。森や山はその宝庫のような気がして。
人生ってほんと、進むことが大変な時も多々ありますが、いつもすばらしいエネルギーに囲まれているんですよね。それを感じていきたいなと思います。

さらに早く山登りしたくなってきました!

確かにそのとおりです

感動しました。
ブログもすごく素敵です。
わたしも同じ病気で同じ病状です。
実は書くことが好きですが、年齢を重ねるごと辛口のわたしになってます…
ここまで感動させていただいた人は最近では初です。

この病気の森にさまよっていたからこそ出会えたと感謝します
素敵な気づきをありがとうございます
(*^_^*)

>まりん さん

森でこんにちは。
ブログを読んでいただいて、すてきなコメントもいただいて、ありがとうございます!
病気は心身ともに大変な負担になることではありますが、得るものも大きいですよね。
今では、私の人生の掛け替えのない出来事だと思っています。

まりんさんも書くことがお好きなんですね。
ブログなど書かれていますか?よかったら教えてください!(^▽^)/

コメ返ありがとうございます

まりさん、
コメントにお返事していただいてありがとうございました…
まだ、手術して日にちがたっておらず、ブログなど落ち着いたら考えてみようかと思います。
そのときは、お伝えします。
これからもよろしくお願いします。

>まりん さん

私もブログを始めたのは、手術からだいぶ経ってからでした。化学療法と人工肛門の後ですね〜。
それまでは、ちょっと面倒くさくてやってませんでした(^^;

こちらこそ、よろしくお願いします!
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