命の問題

命の問題

命とは、人類の永遠のテーマのひとつです。
それでも、日常ではふと忘れがちなものでもあります。
今回は、そんなことについてちょっと真面目に書いてみたいと思います。

以前、看護師さんから、ほかの抗がん剤治療についてお聞きする機会がありました。
わたしの抗がん剤治療が楽な方だと思うほど過酷な治療をされている方はたくさんいるようです。

前回のブログで、「抗がん剤の副作用は必ず数日で治まる」と書きました。
しかしながら、健康体の人と同じようにスッキリ爽快になるまではもう少し時間がかかることがあります。

わたしの場合、投薬の回数を重ねるごとに回復に時間がかかるようになっていました。ピークは5日間〜1週間で治まるものの、それから全くフツウと言えるまで、プラス5日程度かかってしまうことも。
お医者さん曰く、薬が体に蓄積されてしまうとのこと。それに、副作用に対抗し続けていくうちの疲労もあったのだと思います。

それでも、わたしの受けた治療法では投薬の間隔が3週間あったため、一応は回復してから次の副作用を迎えることができました。

しかし看護師さんのお話では、なんと1週間に1度の投薬を繰り返すという治療法もあるのだそうです。
それだと副作用は、ほぼ休みなし。使う薬の量や期間がどれくらいなのかは分かりませんが、相当キツいに違いありません。
また、これは週1ではないと思いますが、抗がん剤治療を5年も続けている患者さんもいるとか。
どちらにしても、わたしの時以上に体に溜まっていくだろうし、疲労のほどはかなりなはず。

なんて過酷なんだ。
そんな治療に耐えている人がいるなんて。

わたし自身のがんが発覚する前、病気なんて他人事という意識が少なからずあったときは、そういった患者の話を聞いて「かわいそう」と感じたかもしれません。

しかし今は、「すごい」と感じます。
その人は意識していないかもしれませんが、自分の命のために果敢に挑む姿は、立派だと思うのです。



手塚治虫さんの作品に「ブッダ」というものがあります。タイトルの通り、お釈迦様の生涯を描いた作品です。

その中でのお話。
とある修業場に、考え方が合わないためブッダにひどい嫌がらせばかりする、ねじ曲がった性格の僧がいました。
彼はある日、兵隊に傷つけられて瀕死の重傷を負います。血を流して倒れている彼を見て、仲間の僧たちは「こいつは嫌なやつだった」と言うだけ。
しかしブッダは「生きるために必死に戦っている人間をえらいと思わないのか」と言い、手を差し伸べるのでした。

細かいストーリーは手塚治虫さんの創作かもしれませんが、今ならこの台詞の意味が分かります。本能だろうが、自覚があろうがなかろうが、生きようとする努力は生き物として最も基本的で、最も尊いことなのだと思います。


また、西岸良平さんの「サバイバル」という作品。
ある受験生が大学入試に向かう途中、封鎖される寸前のトイレに入って閉じ込められてしまい、それから発見されるまでの間、トイレ内サバイバル生活を強いられるというお話です。ギャグではありません。
彼は4年後に発見されるのですが、しばらく騒がれたあと、全ては元通り。また混雑する電車に乗り、単に4年遅れた受験生として社会へ戻っていくのでした。
最後に主人公は「生きるためだけに全力をかたむけていたあの頃のほうが、より人間らしい生き方だったような気がしてならない」と語ります。

ありえない話ではありますが、そこにも真実があると思います。
命をめぐる戦いというのは最も重要なことでありながら、同時に、“生きていることが当たり前”の文明社会ではその意識が薄れがちです。ひたすらに複雑になっていく社会で、“生きる”という根本が見失われているような気がするのです。

だからといって、現代文明を捨て去ってサバイバル生活をするなんてことはできません。それでももう少し、生きることを大切にしてみてもいいのではないかと思います。一日一日は、単純に時間が過ぎていくだけのものではありません。

病気になった方がいいとは思いませんが、なったらなったで、より大きいものを身をもって知ることも多いものです。病気になり、生きるために力を尽くすことは、生き物として生きることの原点を見ることができる、ひとつの機会にもなりうると思うのです。
旅のてんとう虫
てんとう虫の長い旅
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]
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~ Comment ~

深い話しですね
生きるための本能が発揮されるのは極限状態の時ですから
その時どうするか、どうあるべきか
自分の想像力を駆使してもわからないですね
大事なのは死にたいと思う事より生きたいと思う事なのでしょうけど
はて、自分が極限状態になった時、どちらをより強く望むのか
楽しみ?でもあり、怖くもあり、デスネ(((^^;)
  • #83 ちっくたっくぼんぼん 
  • URL 
  • 2014.06/17 14:34 
  •  ▲EntryTop 

>ちっくたっくぼんぼん さん

まさに死を目前にしたとき、もし肉体的に苦痛を伴っているとしたら、わたしは死ぬ事を望んでしまうかもしれないと思います。でもそんなときでも、体は生きようと努力をしているはず。わたしの意思とは別に努力している体のことを思うと、自分の体であっても申し訳なく思ったりして。
がんばってくれる体のために生きようかな、なんちゃって。
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