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そこに誰かがいるだけで

そこに誰かがいるだけで

2ヶ月近くも“書かずのブログ”と化していました。
これまでで最長です。
さすがにこれだけ病状が落ち着いていて、「もしや、キグチの身に異変が?」と思った人はいないでしょうが、とりあえず普通に生きていますのでご安心を。

特に3月は、お仕事・プライベートともに大変多忙だったというか、かなり充実しておりました。そんな時はたいてい瞬く間に日々が過ぎていくものですが、一日一日がとても貴重だったためか、1ヶ月が不思議なほど長く感じられました。その余韻のまま4月に突入してみたら、今度は逆に、風の如く過ぎ去っていったという。人間の感覚なんてそんなものです。

ということで、今回は感覚についてのお話。



わたしは、「抗がん剤の副作用は軽い方だった」という記憶があります。辛くて仕方なかったという思いは全くありません。もう一度やれと言われたら、嬉しくはないけれど「ハイ」と言ってスルッとやると思います。その時は同じ薬ではないだろうから、大変さの度合いは変わるかもしれませんが。

ともかく、わたしの抗がん剤ライフはそんな感じでした。しかし、もしかしたらそれは受け止める感覚によるのかもしれないなと、先日、ふと思うことがありました。

自分ががんになって以降、様々な場所に顔を出していたおかげで、これまでにたくさんのがん仲間ができました。「2人に1人ががんになる」などと言われつつも、その大半を占めるのはやはり高齢者でありながら、知り合ったのは若い人がほとんど。まだまだ勉強なり、仕事なりをしている人たちです。

なかには治療をしつつ仕事をしている人もたくさんいます。というか、仕事をしていてがんが見つかり、がんと長いお付き合いをすることになった人は、ほぼみんな同時進行。抗がん剤を打ったり飲んだりしながら仕事をされています。

がんが見つかった時、わたしも仕事をしていたけれど、「今は休む時ってことか」と、ひとり納得し、完全休業にしてしまいました。1度目の手術は超簡単なものだったし、2度目の手術後は活発に動けないにしても比較的元気はあり、書き物くらいはできる状態だったので、やろうと思えばできたかもしれません。しかし、それから引き続いての抗がん剤治療中は、仕事をしようなんて思いもしませんでした。思わなかったというより、できなかったに近い。

思い出してみると、特に副作用のきつく出る2日間は一言も口をきかず、微動だにせず、壁の一点を見るともなく見続けて時が過ぎるのを待つばかり。それが過ぎても外出は容易ではなく、電車なんて乗れる気がしませんでした。しゃがめば立ち上がれないし、階段もノロノロとしかのぼれないし。

そうやってひとつひとつ思い返してみると、すごくひどい副作用ではなかったにしても、もしかしてそれなりに大変だったんじゃないだろうかと思うのでした。

だけどやっぱり「辛かった」という記憶は相当に薄いという。
それはなぜか?

その理由はいろいろとあるのだけど、やはり一番には、「主治医の先生や看護師さんが必ず支えてくれる」という安心感があったからだろうと思います。「必ずそばにいてくれる」と。

以前も書いたように、「抗がん剤をやりましょう」となった時の恐怖心はなかなかに大きなものでありました。しかし主治医オー先生がじっくりと説明してくれたこと、いずれの看護師さんもことあるごとに話を聞いてくれたことで、治療開始時にはすでに「大丈夫だ」という域にまで落ち着くことができたのでした。緊張はしたけれど、怖くはないという。

それがもし、医師からは型どおりの説明しかなされず、「抗がん剤が怖い」と言っても「そうでしょうね」としか反応されなかったとしたらどうだったのだろうと想像すると、ポトンポトンと点滴から落ちていく抗がん剤を見ているのも恐ろしかっただろうし、同程度の副作用でもより苦しく感じたかもしれません。

具体的にこうこう助けてくれる、なんてのはあるわけではないのだけど、わたしはひとりではないのだと心の底から信じていたのでした。支えようと思う気持ちというのは、とてつもない力を人に与えることができるのだと思います。

家族もそばにいてくれたけれど、やはり自分に直接関わる医療者の中に頼りになる人がいるのは非常に心強いものがあります。それに血の繋がりのない人であるのに、わたしのために力を尽くす気持ちを持っていてくれるのは、それだけで嬉しい。

先日、友達が「まーりーさん(たまにそう呼ばれる)には笑っていてほしいし、幸せでいてほしい」と言ってくれました。そう思ってくれる人がいるって本当に幸せだなと思いました。

治療にも人生にも、苦しかったり、やりきれなかったり、「もう何もかもどうでもいい」と投げやりになることはあります。しかしそこに、支えてくれる人、自分を思う人がいるだけで物事に対する感覚は大きく違ってくるのだろうと思うのでした。

ハルジオン
ハルジオンが好きです 病室に花があったり、窓から光が射すだけでもその場の感覚は違うものです 人の思いも、そういったものなのかもしれません
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

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