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「それでも、生きていてほしい」

「それでも、生きていてほしい」

体験を語る場で何を話そうかと考えたとき、心は記憶の中を駆け巡ります。記憶というのは不思議なもので、表面に見えるのがちょこんとした芽であっても、それをつかみさえすれば芋のようにズルズルと「ああ、そういえばこんなこともあったな」という思い出がよみがえってきます。

そのひとつが今回のお話。先日の「がんノート」で話すことを考えているうちに鮮明に現れてきました。



がんノートのカテゴリーのひとつ「精神的に辛かったこと」で、わたしは「子宮だけではなく、卵巣も取ります」と言われた時がそれに当たるだろうと思いました。一連の治療中の思い出で特に色濃く心に残っているのは、辛いことではなく、ほとんどがいい場面ばかりなのだけれど、まさにその渦中にいる間は非常に苦しい思いをしていたこともありました。

「がんといっても初期だろう」という、半ば楽観的なところから始まったわたしのがん治療。そこから「そんなに初期じゃなかった」に発展し、想像すらしていなかった「子宮・卵巣・卵管・リンパ節等々もすべて取ります」へと続いていったのでした。

その時の気持ちは、告知というよりも“宣告”。
「女ですらなくなってしまう」という気がして、体がずっしりと重くなるのを感じました。

(ところで、緊急手術後に「人工肛門にしました」と言われた時も体がベッドに沈み込んでいくのを感じました。実際には途端に体重が増えるはずもなく、誰かに押さえつけられているのでもないのに、そのズーッとした重みというのはどこから生まれてくるのだろう)

診察の日は、いろいろとスケジュールが詰まっていました。キャンセルもできたのだけど、とにかく動き回っていたいと思いました。じっと立ち止まると体にのしかかった重石がスライム状に変形し、じわじわと体を覆ってしまうような気がしたのです。そんな心の状態に耐えられるとは思えず、家には帰らずに何件かの用事を済ませ、夕方はそのまま、月に2度のギター教室に向かいました。

レッスンが終わると、もう夜中。
梅雨にはまだ満たないほどの6月の夜でした。バスで家路を急ぐよりも、家まで数キロの道のりを歩いて帰りたい気分。その道々、心に居座り続けるダークな気持ちを、とにかく誰かに話そうと携帯を取り出しました。

そういった気分の時、話す相手を選択するのはとても大事。その時の自分が求める気持ちに合う人を、心の中で探していきます。そこで私が選んだのは、ある男友達でした。

その人は古くからの友人で、お互いに深く理解し合っている「心の友」的な人です(ちなみに恋人ではない)。この人ならば、変に慌てたり、傷つけるようなことも言わず、ただじっと聞いてくれるだろうなと思ったのでした。

「今日、結果を聞いてきた」ということから、予想外にがんが広がっていて、もう一度手術をするという話、「だけど、女でなくなってしまう気がして……」という胸の内を語っていきました。

苦しい時に誰かに話をするのは、相手から何か答えをもらうというよりも、どちらかといえば、散らかった心の中身を片付けていくお手伝いをしてもらうためなのだろうと思います。その時のわたしもそんな心境で、どんな会話となっていくか、特に考えてもいませんでした。しかし、その人が「うんうん」と聞いてくれていた次に発した言葉は、すべてを包むようなものだったのです。

その言葉とは、
「それでも、生きていてほしい」。

「子宮や卵巣をなくすことがどれほどのものか、男の自分には分からないけれど、それでも、あなたには生きていてほしい」……具体的な言い回しはもう少しカジュアルだったような気がするのだけど、そんなようなことを言ってくれたのでした。

実を言うと、それを聞いた時は「そっか……」くらいの返事しかできませんでした。しかし、その言葉から「わたしにどんな変化があるとしても、同じわたしとして見てくれる人がいる」「わたしが生きていることを望んでくれる人がいる」というものを、ほのかに感じ取ることができたのです。



映画などで、2人の登場人物が激しく言い合いをしている時、1人のとっさの一言で、もう1人はそれ以上何も言えなくなるという場面があります。

A:「君はここにいるんだ!」
B:「どうして戦わせてくれないの !?」
A:「君が傷付くことに俺が耐えられないんだ!頼むからここにいてくれ!」
B:「……」

少々クサイですが、こんなシーンです。究極の状況下での、自分のことを思う相手の“素の心“というのは、すごく柔らかくて効果的な平手パンチみたいなものだと思います。そのパンチをくらった時に見えるのは、自分がいつも見ている自分ではなく、相手の心を通した自分の姿なのでしょう。自分のための自分ではなく、人の支えとなる自分です。

そんな時、人は、自分はひとりではないのだと、心の深くで知るのでしょう。
そして自分の命は自分のものである以上に、自分を思う人のものでもあると知るのでした。

「それでも、生きていてほしい」という言葉が登場する時というのは、だいたいにおいて相当な苦痛のある状況で、そんな場面に遭遇しないほうが幸せなのかもしれません。しかしわたしは、たとえそれだけの苦痛があったとしても、この言葉を聞けたこと、そして、この言葉を言ってくれる人がいることをうれしく思います。



がんノート、まだ見れます!

がんノートの再放送は今のところ300人以上の方が見てくださっているようです。とってもうれしいです。どのくらいうれしいのかというと、今年の残り11ヶ月のやる気が満タンになるくらいです。見てくれた方、がんノートスタッフさん、本当にありがとうございます。

実はこの再放送、まだ見れます。どうやら再放送後からそのままアーカイブに残っているようです。見逃した方、もう一度見たいという素敵な方も、以下のURLよりぜひ。
「FRESH! by AbemaTV」https://freshlive.tv/gannote/80913にて

山吹の葉
太陽に照らされて、ほのかに光る山吹の葉 もしかしたらこれは、太陽の心を通して見る山吹色なのかもしれません(山吹色は山吹の花の色とされているけれど、この葉の色の方がわたしにはしっくりくるなと思うので、とりあえず)
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

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みんなでつくる、写真と言葉のサイト「がんフォト*がんストーリー」では作品を募集中!こちらもご覧ください。
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~ Comment ~

中庸

マリさん、こんにちは。
マリさんや他の方々のブログを読むときちんと言いきる事が出来ていますね。
ちょっと羨ましいくもあります。
私は、病になって「happy か」といえばそうではないし「unhappy か」といえば
そうでもないし。
癌にたいしての「タラレバ」も全く無し。
だからと言って
内臓を採る喪失感は果てしもなくあるわけで。
ナイナイ尽くしな自分で文章すら書けないことは何とも情けないですね。
手術や化学療法を受けていた時より現在の様々な障害の方が何とも辛いのも事実。
「生きていてほしい」
と言ってくれた友人が呆気なく先に逝った衝撃もきっと私を無にしているのかもしれません。


https://cakes.mu/series/3194

>kateyさん

kateyさん、こんばんは!
お返事遅くなってすみません。

そうですね、全てを言いきれるかどうかは分からないのですが、ある程度「腑に落ちた」というところまでいくと、そんな感じになるのかもしれません。どれくらいがその人にちょうどいいか、いつそれが訪れるかはそれぞれなので、私の場合では流れに身をまかせていたというところでしょうか。
特に、kateyさんのように新しい衝撃があったり、長く続く苦痛がある場合には、気持ちが不思議な状態になってしまうことはあるんじゃないかと思います。無になるのもそのひとつかなと。もしかしたらそれは、気持ちに必要なプロセスなのかもな、などと、私なりに思ってみました。
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