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K君の青い花

K君の青い花

先日、K君が亡くなりました。若干19歳でした。

K君は1月24日に行った「順天堂練馬病院写真展」に影ながら力を貸してくれていた人。実は、私はK君に会ったことはなく、その存在を知ったのも写真展の数日後。しかし、彼は私の心に大きなものを置いていったのでした。



Kくんの旅立ちについて、本当はそのすぐ後にうかがっていたのですが、しばらく文章にまとめることができませんでした。日記にはちょこちょこ書いていたものの、心の中にあるふわりとしたものを人に伝わる形にするには、少し時間が作り出す言葉が必要でした。しかし今日、野原に咲く青い花を見つけて、それができると思いました。

先日のブログ「『病院イベント第二弾』終了!」でご報告したとおり、この写真展ではお二人の方にアコーディオンの演奏をしていただきました。K君はこのお二人のうちの一人、Oさんのご友人。写真展のための選曲をしていた際、曲目のひとつ「春一番」をすすめてくれたのがK君だったとのことでした。

K君はまだ若いながら、病気治療中の身でした。それでも、人を元気付けたいと思って関わっていてくれたことが、私はとてもうれしかった。
Oさんが「今度、演奏をするんだよ」と話をし、K君が「じゃあ、この曲なんかどうかな」と、二人で語り合っていた様子が目に浮かぶよう。そこにはとても温かな気持ちが流れていたような気がします。

春一番は昭和50年代のもので、ひと時代前の曲ながら、来場された方には結構響くものがあったようでした。歌詞が良かったと、数人の方から感想をいただいたものです。演奏自体とても好評で、みんな楽しんでくれたようでした。アコーディオンのお二人も楽しかったとのこと。

K君が亡くなったのは、その報告をしようとしていた矢先だったそうです。

命というのは本当にはかない。
ことに、若い人が亡くなるのは切ないものがあります。

しかし、K君は曲を通して多くの人の心に何かを残していったのではないかと思います。優しい気持ちであったり、あたたかさだったり、ほのかな希望だったり。

実際、K君が関わっていたと知らなくても、それは音に運ばれて届いていたのではないかと思います。顔も名前も、存在すらも知らなかったとしても、人は人に力を与えることができるのだなと思いました。



死は本人にとっても、家族や身近な人にとっても辛いものです。
その先にどんなに崇高な解釈があったとしても、だれかが死んでしまって、その人と目を合わせることも、言葉を交わすことも、存在を感じることもできなくなってしまうのは悲しいことです。身近な人が大切な人を失い、その耐えている姿を見るのも悲しい。自分自身が予想以上に早く死んでしまうことも起きてほしくないことでしょう。

それでも、どの生き物にも必ず死はやってきます。
切ないながらも、自然なことではあります。

しかし、だれであれ、ただこの世からいなくなってしまうわけではないのだと思います。必ず、何かを人に与えていくものだと思うのです。

ことに人間にとって、死というものは大きい。
それを受けたときの衝撃も多大です。
身近であれば衝撃が大きすぎて、なかなか癒えない傷になってしまうこともあるでしょう。それでも、そこにはやはり伝えられているものはあるはずです。痛みが先にあってなかなか見つけることができないかもしれませんが、必ずそこにあるのだと思います。

命というのはそれぞれ自分のもので、とても大切なものです。
けれど、それと同時に、もっと大きな流れの一部でもあると思います。
その流れの中で、人に何かしらの影響を与えていくものです。そうやって、命は伝わり、続いてくものなのではないでしょうか。

生き物は常に関わって生きています。
命を、その人が生きた、その一時期限りのものと思うのはあまりにもったいない。肉体が自然界では連鎖していくように(人間の体はあまり連鎖していないけれど)、心もまた、人の中に伝わっていくものだと思うのです。

K君と顔を合わせたことはないけれど、私にとってはひとつの出会いでした。
そして、ずっと考えてきてこれからも考えていくことになる「命」についての、新しい要素をもらいました。
そうやって人は互いに作用し合い、たとえその場からいなくなったとしても、その事実はあり続けます。作用して生まれたものは、また別の人の中でさらに発展していくかもしれません。それがまた、新しい要素となっていくだろうと思うのです。

命は失われても、その価値は残っていくものです。



暦の上では、もう春です。しかし寒い日は続いています。
K君は今年の春を見ずに亡くなったのでしょうか。
いや、K君は春の訪れとともに去っていったのだと思います。

霜柱とともに見つけたのは、小さくとも鮮やかに咲く青い花。確かな春の兆しです。
K君はそんな花を人に咲かせて去っていったのだと思うのでした。

K君の青い花
どんなに小さくても、たとえすぐにしおれてしまうとしても、鮮明に色づく青い花
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

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~ Comment ~

ご冥福をお祈りします

私は会ったこともありませんでしたが、
K君のことを知り、寂しく思います。

春一番を歌った者として、
この話を聞いて、心に記憶しておこうと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

K君が選んでくれたキャンディーズの「春一番」私、大好きです(^^)/
青春ど真ん中で聴いてました
今、頭の中で「春一番」が流れてて何とも切なく、それでいて清らかな気持ちがします

そうですか、19歳のk君が選曲してくれたんですね
春はもうすぐだったのに
悲しいですね

「春一番」の最後の歌詞は
「私達お別れなんですね」です
死別ではなくて、男女のお別れ、爽やかな春のお別れです

19歳のK君がこの曲に思いを寄せた、その心は何だったのでしょう
ふと、そんな事を考えてしまいました
御冥福をお祈りします


  • #571 ちっくたっくぼんぼん 
  • URL 
  • 2015.02/12 23:18 
  •  ▲EntryTop 

>あう さん

あうさん、ありがとうございます。

私も演奏の後に立ち話をしていて存在を知り、その後のメールでK君が選曲したと聞き、以前ブログに書いた「君の力は大きい」という言葉をK君にもあげたいと言われて、その数日後に旅立ちの話を聞いたのでした。

でも、やっぱり「君の力は大きい」だと思います。
K君の選んだ春一番、私もあうさんと一緒に歌えてよかったです(^^)

>ちっくたっくぼんぼん さん

ぼんぼんさんも関わってくれた展示に、ぼんぼんさんの好きな曲を演奏できてたんですね。
見に来られなかった方にもK君の思いが伝わりますように、と思っていたのでなんだかうれしいです(^^)

19歳のK君が春一番を選曲したと聞いて、その意外さに余計に深い意味を感じました。
きっとこの曲に元気付けられたことがあったり、ほかの人にも感じてもらいたいような、何かいい感情を抱いたのだろうなと思います。

「爽やかな春のお別れ」って、切ないけれどとてもすてきな言葉ですね。
ただの春ではなく、失うものから何かを得て迎える春という気がします。人は奥深いですね〜。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

>Y.I さん

すてきなコメントをありがとうございます!
返信が遅くてすみません。少々旅に出ておりました!

Kくんは19年の中でどれだけのことを感じてきたろうかと、ちょくちょく思い描いたりしています。きっととてもたくさんの事を思ってきたんじゃないだろうかと想像したりして。その間に多くの人に何かを与えてきたのだろうと思います。
ほんの数日しか生きなかった人も生まれる前に亡くなってしまう人もいますが、みんな何かを置いて行っているものですよね。人って関わりを持って生きて行くものだと改めて思いました。
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