幸せの12月27日

幸せの12月27日

今年の「恐怖の12月27日」は、静かに過ぎていきました。
すっかり忘れて過ぎるのではなく、一刻一刻を見守っておりました。

一年前にわたしが救急車に運ばれていったのと同じ時刻、近所でピーポー音が鳴り響き、「ああ、今、(おそらくは)苦しんでいる人がいるんだなあ」と、妙なリンクを感じたりして。夜半になると、「今ごろ、手術中だったな」とか、「麻酔から醒めたころだな」とか、いちいち思い出してみるのでした。

そして眠りにつく際には、柔らかく温かい毛布にくるまり、「生きて、しかもこんなに気持ちよく眠れるんだなあ」と感謝したものです。

何に感謝するかといえば、ひとつには、やはり「人」。
前回の「恐怖の12月27日」をFacebookやツイッターに更新お知らせとしてアップしたとき、「わたしの命を支えてくれた人たちに感謝したい」とコメントしつつ、ブログ中にはまったくそのことに触れていなかったと気が付きました。なんという恩知らず。

しかし、果たしてどれくらい関わってくれたのだろうと思い、試しに名前を書き出してみることにしました。

昨年12月27日の緊急手術から退院までにわたしのために動いてくれた医療者は、

救急隊3名
ジャニーズ先生
ラブリーW先生
名も知らぬ婦人科の女医さん
救急室の看護師さん数名
CTやレントゲンの検査技師さん数名
麻酔科医2名
手術室の看護師さん数名
ICUの看護師さん数名
婦人科主治医オー先生
4A病棟の看護師さん多数
WOCナースケイさん
外科の先生方多数
婦人科の先生方多数
病棟のお掃除のおばさん(仲良し)
薬剤師のみなさま
栄養科のみなさま

そして、それ以前のがん治療や、その後の4度目の手術と現在に至るまでに関わった方々を思い出せる限り連ねてみると……、

名前が分かる方だけでも50人以上。
名前が分からない人を合わせたら、100人は下らないと思います。

医療者だけでも、ものすごく多くの人に支えられてきたのだなあ。
それに、家族や大勢の友達にもいろいろな面で支えられてきました。

そして先日、一年後の12月27日を迎えることができたのでした。

12月27日は確かに恐ろしい経験の記念日で、それ以外の一連の出来事も、思い返せば大変ではありました。しかし、それだけたくさんのすばらしい人々の手を受けた記録でもあります。

自分の命に関わった人が、こんなにたくさん。
これは、人生にそう何度もあるものではないと思います。

みんな、本当にありがとう。
やはりわたしは、幸せな人間です。

新宿の街
いったい人は、人生にどれだけの人と関わって生きているのでしょうか
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

にほんブログ村 病気ブログ 子宮がんへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

このエントリーをはてなブックマークに追加
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
 

~ Comment ~

幸せ🍀

マリさん、明けましておめでとうございます。12月27日も、静かに過ぎたようで、良かったです🎵

病気の時、本当にいろいろな人が、
命を救うために動いてくれたこと、
家族や友達の優しさ、
マリさんが書きあげてくれて、
改めて私も思いかえしました。
そして、普通の生活を送れていることの、
ありがたさ。

新たな年を迎えても、その事を忘れずに生活したいですね。
今年も、ブログやリアル仕事など、
何かマリさんとコラボしたいと思ってます。本年もどうぞ、よろしくです!

> あう さん

あうさん、ハッピーニューイヤー!
12月27日は感慨深く過ごしていました(^^)

救ってくれた人たちの名前を書き出してみたら、あまりに多かったことに驚きました。
病気になっていなかったら会うことのなかった人々ですよね。これまた、ジーンとなりました。
ぜひぜひ、またコラボしましょ〜!
新しい一年、よろしくお願いします!
  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索