スポンサーサイト

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このエントリーをはてなブックマークに追加
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
  • Edit
  • TB(-)|
  • CO(-) 
 
 

「療養」記を書く

「療養」記を書く

今回で100話目を迎えました。

ずっと読んでくださっている方も、今日たまたま見た方も、ありがとうございます。
計算してみると、少なくとも原稿用紙325枚分くらい。文庫本1冊程度でしょうか。それなりの量になっているのだなあと思います。

実は前回が100回かと思っていて、せっかくなので何か……と思ってネタを選んでいました。しかしそのうち99回だったと気が付いて、アラ、とずっこけたところであの「くだらない日記」を発見したのでした。99回という、どっちつかずな響きのところでは、ちょうどよかったかなと思ったりして。

今回はちゃんと100話目(のはず)。
そこで、このブログタイトル「ハッピーな療養生活のススメ」に関連したお話を書きたいと思います。

◇◇

病気についての記録は一般に、「闘病記」と書きます。しかし、わたしはあえてこのブログのタイトルを「療養」としました。なぜなら、闘った記憶はないからです。

病気を「闘わなければいけないもの」、と思ったこともありません。
もちろん、病気は自分から進んでなったのではなく、全くうれしいことでもありません。しかし、「敵」かというと、そうとも思えないのです。

また、「闘う」というのはとても積極的な表現でもあります。
そこには強い意気込みがあります。
「闘う」には必ず打ち負かすべき相手がいるわけで、わたしはそのような状態が好きではありません。たとえ対するのが「病気」だとしても、わたしにとっては正しい表現ではないと思ったのでした。

わたしの場合、病気とのやりとりは、もっと自然な流れでした。
結果的にはできる限りの治療を施し、がんを体から排除しようと努めているわけで、勝ち負けはあったといえばそうなのですが、そこには「必ず勝ってやる!」といった気合いは少しもありませんでした。

その心理を例えると、闘病は「川に落ちてしまって、がんばって岸へ泳ぎつこうとする」といった状態。そして、わたしの気持ちの中にあるものは「落ちたけれど、流れに身をまかせつつ岸へ向かおうとする」といったところでしょうか。

結局行き着く先は同じで、気持ちの問題でしかないのですが、心が自然の流れにあったからこそ、穏やかな心持ちでいられたのではないかと思います。
気合いが重要!という人には向きませんね。(これは闘病だろうし)

わたしにとっての治療は、何が何でも治すというより、体を生かすためにできることをした、というところでした。

その点で、日々、食べ物を食べて栄養を摂り、体を生き存えさせることと、何ら変わりがなかったのです。食べることと違い、かなり身体的、心理的、そして経済的にも疲弊する生存活動ではありますが。

なので、「がんばった」かといわれると、がんばっていません。
雷にあっても、巨大な落石が直撃しても、無言でムクリと立ち上がって行きたい方向へ、黙々と、てくてくと、歩いていたという具合です。(以前のブログでも書いたように、「なんだよ!」はつぶやきましたけど)。

病気というのは、何らかの原因があるにしても、自然に発生するものです。
それをどう対処するかは人それぞれです。
しかし、わたしたちもその自然の一員。それならば、起こることを生き物や大地の流れのひとつとして思ってみてもいいのではないかと思うのです。

自然は豊かな恵みを与えてくれるものでありながら、命を奪うものでもあります。そこには善も悪も存在しません。尽きることのない、流れがあるだけです。

サラッとしたタイトルの影には、こんな思いがありました、というお話でした。

(「『人工肛門』を公表したとき」に続く)

森の草木
草木のように、ものも言わず
[療養中フォトギャラリー by iPhone (c)木口マリ]

にほんブログ村 病気ブログ がんへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

このエントリーをはてなブックマークに追加
Guide
  •  …この記事と同じカテゴリの前後記事へのページナビ
  •  …この記事の前後に投稿された記事へのページナビ
 

~ Comment ~

100回記念、おめでとうございます🎉

私は昨日、救急外来に行きました。
原因は『超便秘』。
便意をもよおす物の、岩となった子が出てくれず、人生初の自分でいちじく浣腸したものの、出ず。
病院に行くと、子宮たいがんからの腸閉塞を疑われ、レントゲンなどの検査。
『違う、ただの便秘』なので、早く何とかして欲しいと思ってお腹を押さえていると、『イレウスにはなっていません、安心してください。』分かってるんです!(泣)

結局、看護婦さんに指で掻き出してもらいという醜態。

すいません、100回記念にこんな汚い話で。でも、まさに闘うというより、流れに身を任せていたのです。そして、身体をいたわらず調子にのってた自分にまたまた反省しました。

体がんの手術もそうでしたが、自分に起こった事に対して、もうお医者さんと看護婦さんに任せるしかない!
世の中には、闘病している方もいるのかもしれませんが、私もマリさんの気持ちと同感でした。
そして、完璧な手術をしてくれた主治医にも汚い物を取り出してくれた看護婦さんにも感謝です。

このブログを読むと、本当に前向きになれるので、もっと多くの人に見て欲しいです。出版して欲しいなぁ!
村上春樹より、好きかも💓

>あう さん

きゃー!なんてすてきなことを言ってくださるのですか(>▽<)/
私の書いたものに何かを感じてもらえる、って、すごくすてきです。うれしいです。

出版できるといいなあ(//▽//)

おなか、大変でしたね(>_<)
生理的なことは精神的にも辛いんですよね……。お医者さんに行かれたのは正解でした。行くまでも辛かっただろうな〜と考えてしまいます。
でも、とりあえず腸閉塞でなくてヨカッタ。看護師さんのおかげで解放されましたね。ほんと、天使さまです!

NoTitle

100回記念!おめでとうございます!

闘病という表現ではなく、療養という表現。ブログを拝見していて、確かに、、、と思いました。

うちの母親は乳癌が元で、3年半前に亡くなりましたが、肉体的に辛いのは勿論ですが、精神的に不安定でした。

同じように苦しんでいる方は沢山いらっしゃると思いますが、前向きなブログはパワーになると思うので、素敵ですね!

何か本とか、、、形に残せるといいですね!

>おかんと僕 さん

ありがとうございます!

闘病か療養かは好きずきなのですが、わたしは流れのまま受け入れた方が気持ちよかったんですよね(^^)
この流れの先、案外近くに死があるのかもしれません。それでもやはり流れの中で穏やかな拠り所を探せればと思います。実際に宣告をされたら全く違う考えが芽生えるかもしれませんけどね。

私の書くものでパワーをあげることができたら、本当にうれしいことです。
おかんと僕さんの気持ちも、お母様の気持ちも、まだまだ私が知るに至っていない感情があるのだろうと思います。すべての人の気持ちを経験するのは無理だと思いますが、せめて私の体験から現れた言葉がだれかの心を和らがせるものであればいいなと思います。

いつか形にしたいです〜!

もどってコメごめんねー(^-^;

100回記念~おめでと~(*゚▽゚)/゚・:*【祝】*:・゚\(゚▽゚*)
ほんと、ほんと、
ひばりさんの『川の流れのように』的な感じだったなぁ~
と、改めて自分のいろいろを思い出してたわー

みんさん言うように
ほんと本にしたらいいよね~
ぜひぜひ実現してね~~~(*・ω-)⌒☆*。゜
そして、たくさんの人に元気玉をあげてね~(^O^)

>kikako さん

ありがとーございます♡♡♡
思わず自分でも1話目から読み返してしまいました。

流れ流れて、あ!本になってた!なんてことになったらいいなあ。
いや、ここはがんばって泳ぐべきですね。
  ※コメントの編集用
  シークレットコメントにする (管理者のみ表示)

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

MENU anime_down3.gif

同じカテゴリの記事が一覧表示されます
同じタグの記事が一覧表示されます
更新月別の記事が一覧表示されます
キーワードで記事を検索
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。